日々の偏ったニュースに思うこと

『アナキズムFAQ』読解 第1回「イントロダクション」

 さて、Blog 放置プレイからの復帰に際して、何か「ネタ」が必要だと考えていたのですが、ここらで少し、ワタシ自身の「政治的信条」を振り返ってみる事を試みてみたいと思います。

「ネタ」としては、当サイトの「月の宇宙港」(リンク集)に新たに加えた『アナキズムFAQ』の日本語訳を使ってみたいと思います。

理由としては、知ってる人は知ってると思いますが、ワタシの「政治的信条」は「条件付きアナキスト」であると公言しているからです。

したがって、「アナキスト」とは何か。何故「条件付き」でその「条件」とは何なのか。それらを明らかにしていきたいと思います。

と、その前に、別の角度からワタシ自身の「政治的信条」をみえかしてみたいと思います。

以前にも紹介した事がありますが、「日本版 ポリティカルコンパス」をツールにしてみたいと思います。やってみた結果ですが……。

  • 「政治的な右・左度(保守・リベラル度) -1.6」
  • 「経済的な右・左度(市場信頼派・政府介入派) -3.89」
  • 「あなたの分類は『リベラル左派』です。」

まぁ、設問内容からしてこんなものでしょう(笑)。

さて、それでは本番の『アナキズムFAQ』の日本語訳の読解に入っていきたいと思います。今回は「イントロダクション」を読み下します。

 アナキズムは、これらの危機を包括的に理解する方法を提示する。それらに共通する根本原因を探ればよいのだ。この根本原因こそ、資本主義であるか「共産主義」であるかを問わず、文明社会の主な組織全てが持つヒエラルキー権力の原理なのである。したがって、アナキストの分析は、「現代の主な社会組織は、全てヒエラルキーの形態である」という事実から始めなければならない。会社・官庁・軍・政党・宗教団体・大学などは、ピラミッド構造のトップに権力が集中するように組織されている。このような、ヒエラルキーに内在する権力関係が、個人や社会・文化に対していかに悪い影響を与えるかを、これから示していきたいと思う。このFAQの前半(セクションA-E)では、ヒエラルキー的な権力とその害について、アナキストによる詳細な分析を示していく。

初っぱなから、「条件付きアナキズム」の「条件」に触れる内容です(笑)。

「ヒエラルキー権力の原理」の弊害、については大いに認めるところです。しかし、全ての「権力の弊害」が「ヒエラルキー構造」による、とは(特に日本に於いて)ワタシは考えていませんし、そもそ、「権力」は、人間が集団生活を送る限り、必ず必要なものだと考えています(千年くらいたって、人間がある種の「精神文明」を樹立しているなら話は別だと思いますが(笑))。

多分、大多数のアナキストは、以上のような「権力・暴力装置」の必要性については、完全に否定することでしょう。

ワタシの言う「条件付き」の「条件」とは、まさにこの「権力・暴力装置」の必要性を認める、という内容です。

一方、「権力・暴力装置」の必要性を認めた上で、なぜ「アナキスト」とワタシ自身を規定しているのか。それは「権力・暴力装置」の必要性は認める。しかし、ホッブズの『リバイアサン』を引くまでもなく、それらは必ず「弊害」を伴う。ならば「権力・暴力装置」の必要性について認めた上で、その「弊害」を最小化すべき、と考えているからです。

以上のような信条からして、「FAQの前半(セクションA-E)では、ヒエラルキー的な権力とその害について、アナキストによる詳細な分析を示していく。」という文言は、是否読んでみたいところです。しかし、セクションA-E は、未訳の部分が多いのが残念ですね。

 ここで注意したいのは、「アナキズムは、単なる否定的・破壊的な現代文明批判である」と考えるべきではないということだ。単なる否定ではない。一例をあげれば、アナキズムは自由な社会を提案している。エマ=ゴールドマンは、「アナキストの課題」とでも呼ぶべきことを、次のように表現している。『今日、私たちが直面する問題は、他者と共にありながら、いかに自分自身になるかということ、全人類との共感を深く感じながら、なおかつ、自分の個性を失わずに保って行くにはどうしたらよいか、ということだ。』[Red Emma Speaks, pp.158-159]

「アナキズム」の最も誤解されている点は、実はここではないかと思います。「アナキスト」=「無政府主義者」というのは、大いなる誤訳、ではないかと常々考えています。この点に関しては、後に詳しく議論することになると思われます。

後、「全人類との共感を深く感じる」ことは、ワタシ自身は「無理」と感じていますが、それが例え「ゼスチャー」であるとしても、目指すべき「理想」としては理解できます。

 全てのアナキストは、皆、自由な社会を求めている。それは、自由な人間性の成長の前に立ち塞がる、強圧的な政治組織・社会組織からまったく自由になる社会なのである。[Rudolf Rocker, Anarcho-Syndicalism, p.16]

これは、実は非常に興味深い指摘だと感じました。

それは、例えばアメリカ的なる保守、「グラスルーツ保守」とも通じる考え方ではないかと思っています。つまり、「自分達の事は自分達で解決する。お節介な政府の介入は断固拒否する」という、「グラスルーツ保守」の信条と相通じるところがある、と感じます。つまり、有る点に関しては、「アナキスト」と「グラスルーツ保守」と共闘できる可能性がある、ということです。

 アナキズムは社会・経済・政治の理論(セオリー)なのであって、イデオロギーではない。この違いはとても重要である。基本的に、セオリーは「あなたが考えを持っている」ことを意味するのだが、イデオロギーは「あなたが考えに所有される」ことを意味している。

別に「アナキズム」に限りませんが、「イデオロギーは「あなたが考えに所有される」ことを意味している。」、この点は非常に重要な指摘ではないかと思います。日本においては、「セオリー」と「イデオロギー」の混同が大多数をしめている、と考えています。

「あなたが考えに所有される」、つまり「考えに依存する」状態の人々が日本には多すぎる、と感じています。

 このFAQを作って、「正解」や新しい「教典」を与えようという意図は、私たちにはない。私たちは、過去から現在までのアナキズムについて説明し、その現在の形態により多くの焦点を当て、今、なぜ私たちがアナキストになったかを説明するだけだ。このFAQは、あなた自身に自分で分析し・考えてもらうことが目的なのである。

「あなた自身に自分で分析し・考えてもらうことが目的なのである」……はい、精進させて頂きます :-P

思ったよりだいぶ長くなりました。

さて、次週には「A.1 アナキズムとは何か?」を読み下したいと思います。……ッて、続くんかいな、ホンマに(笑)。


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コメント 3 件

Sa-Q より:

昨日夕方、こちらでコメント投稿しようとてタイムアウトになってしまった方が居るかも知れませんが、コメント欄を閉じてる訳ではないのでご安心を。

昨日はここのサーバが異常に重かったためのようです。

サーバ。引っ越すかなぁ。。。

ぱー より:

久しぶりにのぞいたら面白そうなこと書いているじゃないですか。
後ほど読みますのでそのうちに感想を書かせていただきます。
(多分感想は「へぇー」)

Sa-Q より:

>ぱーくん

こんばんは。ご無沙汰です。

ハッキリ言って、この Blog 読むより、引用元の『アナキズムFAQ』の日本語訳を読んだ方が早いかと(笑)。もっと良いのは、『アナキズムFAQ』の本家(英語)を読むことですが :lol:

>多分感想は「へぇー」

「ほぉー」(笑)

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