こう言うと誤解を招きそうなのですが(笑)、誤解を恐れずに敢えて言いますと、昔も今も、ワタシの「政治的立ち位置」はアナーキスト、だと自分では思ってます。
まぁ、「アナーキズム」に傾く切っ掛けは、よくよく思い起こせば『宇宙海賊キャプテンハーロック』(爆)だったりするあたり、アレゲなのですが
。それはともかく。
先日、レッシング先生に助けを求めたため……ではないでしょうけれども(笑)、レッシング先生、なんらかの「転戦」を計りそうな感じですね。
必読:これからの10年(Lessig Blog(JP) 記事)
映画的には、『不都合な真実』よりも『ダーウィンの悪夢』の方が上質、と感じますが、それはそれとして。
まだ咀嚼し切れてない部分が多々あるのですが、どうやら「政治プロセスのある種の腐敗。あるいは、政治プロセスの『腐敗』のひとつと呼ぶべきか。」といった、素人目にもまったく、とっても、非常?に、難しい仕事に取り組むご様子。
歴史的にも、現状的にも、「政治プロセスの腐敗(corruption)」から逃れ得た政治体制は、ほとんど必ず「無い」と言えるほどで、それこそ「ヒトの歴史」と同じくらい古く、かつ身近なことなのではないかしら。
もちろん、全ての「権力」が腐敗しているワケでもなく、宮台真司教授(笑)が博士論文『権力の予期理論』を通じて、「権力はあらゆる場面において“必要”なもの」とあきらかにしたように、「正統性(legitimacy 責任)」と「正当性(justifiability 妥当)」をもって振るわれるべきなのでしょう。と、そんな風に考えられる程度に、ワタシは「若くなくなった」のでしょうね
。まぁ、最近マル檄でゲスとに来られた萱野稔人氏の Web連載を読んだことも多少影響してると思います。
正直なところ、レッシング先生の「これまでの10年」のお仕事についても、まだまだ咀嚼しきれてないトコロは多々あるので、「これからの10年」のお仕事まで追い切れるか皆目自信なしですが、興味深い話しではある、と感じます。

……ッて、ゼンゼン「もの申」して無いぢゃん :hammer: 。
『不都合な真実』よりも『デイ・アフター・トゥモロー』の方が好き
>なくさん
昨年の映画でワタシ的最高傑作は『時をかける少女』でした
。いや、見たのは今年に入ってからなんですけどね(笑)。
評めいたもの、を書きたいと思いつつ、宮台さんが書いてる(長文ですが、『時かけ』に触れてるのは【全てが同一方向にシンクロする】の項)以上の視点は入れられそうもなく、敢え無く撃沈しています
。
強いて言えば、魔女叔母さん(芳山和子)がふと漏らす一言「真琴が(ある未来を選択することで)良い目を見てる分、だれかが悪い目見てる人が居るんじゃないの?」がこの作品の核心キーワードかと感じます。
これは『不都合な真実』と『ダーウィンの悪夢』の相違にも繋がるんじゃないかしら。
おっと、独り言が過ぎました :hammer: 。